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7-15 悲しい立ち聞き 1

last update 最終更新日: 2025-04-12 19:41:16

—―コンコン

病室のドアがノックされた。

「あら、誰かしらね? 看護師さんかしら?」

明日香がPCから目を上げた。

「うん? でもさっき来たばかりだしな……」

すると外から声が聞こえた。

「俺だ、琢磨だ」

「何だ、琢磨か。中に入れよ」

翔に言われて琢磨はドアを開けて中へ入って来たのだが……。

「な、何だ? 琢磨。お前随分機嫌が悪そうだが……ひょっとして朱莉さんと何かあったのか?」

「あら、そうなの? 琢磨」

明日香は何処となく嬉しそうな笑みを浮かべて琢磨を見る。

「違う! そんなんじゃない! 明日香ちゃんに頼まれた買い物を朱莉さんが揃えたから今それを届けに来ただけだ!」

琢磨は乱暴に言うと、持って来たキャリーカートを2人の前に見せた。

「こ、これは……」

翔が言い淀んだ。

「あら。よくこんなに沢山買い揃える事が出来たわね。別に入院期間中に揃えてくれなくても良かったのに」

明日香の言葉に琢磨はイラついた様子で反論した。

「明日香ちゃん、朱莉さんに頼む時そんな言い方はしていなかったぞ?」

「あら、そうだったかしら?」

「しかし……明日香……。こんなに沢山買い物を朱莉さんに頼んでいたのか?」

翔の言葉に琢磨は目を見開いた。

「何だって? おい、翔。お前は明日香ちゃんが朱莉さんにどれだけ買い物を頼んでいたのか知らなかったのか!?」

「あ、ああ……知っていたらお前を買い物に付き合わせていたよ。さっきの仕事は今夜中に終わらせればいいだけの話だし……」

そんな2人のやり取りを明日香は知らんぷりしてPCを見ている。

「明日香ちゃん、まるで他人事のような態度を取っているけど買い物の中身を確認しなくていいのか?」

怒りを抑えた口調で琢磨が尋ねる。

「ええ、別に必要無いわ」

「「何だって?」」

琢磨と翔が声を揃えた。

「だって、適当に雑誌で見て選んだだけですもの。いちいち自分が何を買い物リストに書いたのかも覚えていないわ」

「な、何だって……?」

琢磨は明日香を睨み付けた。

「何よ。そんな目で人のことを見て」

「お、おい。琢磨。明日香は絶対安静の身なんだ。あんまり怯えさせるなよ。だけど少しは買い物を頼まれた朱莉さんのことを考えてあげたらどうだ? あれだけの買い物は大変だったと思うぞ?」

翔が明日香に問いかけた。

「そうねぇ。実際に集めるとこんなに量が多かったのね。パッケージの分で傘増し
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     数か月の時が流れ、季節は10月になっていた。カレンダーの3週目には赤いラインが引かれている。そのカレンダーを見ながら朱莉は呟いた。「予定通りなら来週明日香さんの赤ちゃんが生まれてくるのね…」まだまだこの季節、沖縄の日中は暑さが残るが、夏の空とは比べ、少し空が高くなっていた。琢磨とも航とも音信不通状態が続いてはいたが、今は寂しさを感じる余裕が無くなってきていた。翔からは頻繁に連絡が届くようになり、出産後のスケジュールの取り決めが色々行われた。一応予定では出産後10日間はアメリカで過ごし、その後日本に戻って来る事になる。朱莉はその際、成田空港まで迎えに行き、六本木のマンションへと明日香の子供と一緒に戻る予定だ。「お母さん……」 朱莉は結局母には何も伝えられないまま、ズルズルここまできてしまったことに心を痛めていた。どうすれば良いのか分からず、誰にも相談せずにここまで来てしまったことを激しく後悔している。そして朱莉が出した結論は……『母に黙っていること』だった。あれから少し取り決めが変更になり、朱莉と翔の婚姻期間は子供が3歳になった月に離婚が決定している。(明日香さんの子供が3歳になったら今までお世話してきた子供とお別れ。そして翔先輩とも無関係に……)3年後を思うだけで、朱莉は切ない気持ちになってくるが、これは始めから決めらていたこと。今更覆す事は出来ないのだ。現在朱莉は通信教育の勉強と、新生児の育て方についてネットや本で勉強している真っ最中だった。生真面目な朱莉はネット通販で沐浴の練習もできる赤ちゃん人形を購入し、沐浴の練習や抱き方の練習をしていたのだ。(本当は助産師さん達にお世話の仕方を習いに行きたいところなんだけど……)だが、自分で産んだ子供ではないので、助産師さんに頼む事は不可能。(せめて私にもっと友人がいたらな……誰かしら結婚して赤ちゃんを産んでる人がいて、教えて貰う事ができたかもしれないのに……)しかし、そんなことを言っても始まらない。そして今日も朱莉は本やネット動画などを駆使し、申請時のお世話の仕方を勉強するのであった――****  東京——六本木のオフィスにて「翔さん、病院から連絡が入っております。まだ出産の兆候は見られないとのことですので、予定通り来週アメリカに行けば恐らく大丈夫でしょう」姫宮が書類を翔に手

  • 偽りの結婚生活~私と彼の6年間の軌跡 偽装結婚の男性は私の初恋の人でした   10-22 戻りつつある日常 2

    「ただいま……」玄関を開け、朱莉は誰もいないマンションに帰って来た。日は大分傾き、部屋の中が茜色に代わっている。朱莉はだれも使う人がいなくなった、航が使用していた部屋の扉を開けた。綺麗に片付けられた部屋は、恐らく航が帰り際に掃除をしていったのだろう。航がいなくなり、朱莉の胸の中にはポカリと大きな穴が空いてしまったように感じられた。しんと静まり返る部屋の中では時折、ネイビーがゲージの中で遊んでいる気配が聞こえてくる。目を閉じると「朱莉」と航の声が聞こえてくるような気がする。朱莉の側にいた琢磨は突然音信不通になってしまい、航も沖縄を去って行ってしまった。朱莉が好きな翔はあの冷たいメール以来、連絡が途絶えてしまっている。肝心の京極は……朱莉の側にいるけれども心が読めず、一番近くにいるはずなのに何故か一番遠くの存在に感じてしまう。「航君……。もう少し……側にいて欲しかったな……」朱莉はすすり泣きながら、いつまでも部屋に居続けた——**** 季節はいつの間にか7月へと変わっていた。夏休みに入る前でありながら、沖縄には多くの観光客が訪れ、人々でどこも溢れかえっていた。京極の方も沖縄のオフィスが開設されたので、今は日々忙しく飛び回っている様だった。定期的にメッセージは送られてきたりはするが、あの日以来朱莉は京極とは会ってはいなかった。航が去って行った当初の朱莉はまるで半分抜け殻のような状態になってはいたが、徐々に航のいない生活が慣れて、ようやく今迄通りの日常に戻りつつあった。 そして今、朱莉は国際通りの雑貨店へ買い物に来ていた。「どんな絵葉書がいいかな~」今日は母に手紙を書く為に、ポスカードを買いに来ていたのだ。「あ、これなんかいいかも」朱莉が手に取った絵葉書は沖縄の離島を写したポストカードだった。美しいエメラルドグリーンの海のポストカードはどれも素晴らしく、特に気に入った島は『久米島』にある無人島『はての浜』であった。白い砂浜が細長く続いている航空写真はまるでこの世の物とは思えないほど素晴らしく思えた。「素敵な場所……」朱莉はそこに行ってみたくなった。 その夜――朱莉はネイビーを膝に抱き、ネットで『久米島』について調べていた。「へえ~飛行機で沖縄本島から30分位で行けちゃうんだ……。意外と近い島だったんだ……。行ってみたいけど、でも

  • 偽りの結婚生活~私と彼の6年間の軌跡 偽装結婚の男性は私の初恋の人でした   10-21 戻りつつある日常 1

     京極に連れられてやってきたのは国際通りにあるソーキそば屋だった。「一度朱莉さんとソーキそばをご一緒したかったんですよ」京極が運ばれて来たソーキそばを見て、嬉しそうに言った。このソーキそばにはソーキ肉が3枚も入っており、ボリュームも満点だ。「はい。とても美味しそうですね」朱莉もソーキそばを見ながら言った。そしてふと航の顔が思い出された。(きっと航君も大喜びで食べそうだな……。私にはちょっとお肉の量が多いけど、航君だったらお肉分けてあげられたのに)朱莉はチラリと目の前に座る京極を見た。とても京極には航の様にお肉を分ける等と言う真似は出来そうにない。すると、京極は朱莉の視線に気づいたのか声をかけて来た。「朱莉さん、どうしましたか?」「い、いえ。何でもありません」朱莉は慌てて、箸を付けようとした時に京極が言った。「朱莉さん、もしかするとお肉の量が多いですか……?」「え……? 何故そのことを?」朱莉は顔を上げた。「朱莉さんの様子を見て、何となくそう思ったんです。確かに女性には少し量が多いかも知れませんね。実は僕はお肉が大好きなんです。良ければ僕に分けて頂けますか?」そしてニッコリと微笑んだ。「は、はい。あ、お箸……まだ手をつけていないので、使わせて頂きますね」朱莉は肉を摘まんで京極の丼に入れた。その途端、何故か自分がかなり恥ずかしいことをしてしまったのではないかと思い、顔が真っ赤になってしまった。「朱莉さん? どうしましたか?」朱莉の顔が真っ赤になったのを見て、京極が声を掛けて来た。「い、いえ。何だか大の大人が子供の様な真似をしてしまったようで恥ずかしくなってしまったんです」すると京極が言った。「ハハハ…やっぱり朱莉さんは可愛らしい方ですね。僕は貴女のそう言う所が好きですよ」朱莉はその言葉を聞いて目を丸くした。(え…?い、今…私の事を好きって言ったの?で、でもきっと違う意味で言ってるのよね?)だから、朱莉は敢えてそれには何も触れず、黙ってソーキそばを口に運んだ。 肉のうまみがスープに馴染み、麺に味が絡んでとても美味しかった。「このソーキそばとても美味しいですね」「ええ、そうなんです。この店は国際通りでもかなり有名な店なんですよ。それで朱莉さん。この後どうしましょうか?もしよろしければ何処かへ行きませんか?」「え?」

  • 偽りの結婚生活~私と彼の6年間の軌跡 偽装結婚の男性は私の初恋の人でした   10-20 見送りのその後 2

    「え……? プレゼントと急に言われても受け取る訳には……」しかし、京極は譲らない。「いいえ、朱莉さん。貴女の為に選んだんです。お願いです、どうか受け取って下さい」その目は真剣だった。朱莉もここまで強く言われれば、受け取らざるを得ない。(一体突然どうしたんだろう……?)「分かりました……プレゼント、どうもありがとうございます」朱莉は不思議に思いながらも帽子をかぶり、京極の方を向いた。すると京極は嬉しそうに言う。「ああ、思った通り良く似合っていますよ。さて、朱莉さん。それでは駐車場へ行きましょう」京極に促されて、朱莉は先に立って駐車場へと向かった。駐車場へ着き、朱莉の車に乗り込む時、京極が何故か辺りをキョロキョロと見渡している。「京極さん? どうしましたか?」すると京極は朱莉に笑いかけた。「いえ、何でもありません。それでは僕が運転しますから朱莉さんは助手席に乗って下さい」何故か急かすような言い方をする京極に朱莉は不思議に思いつつも車に乗り込むと、京極もすぐに運転席に座り、ベルトを締めた。「何処かで一緒にお昼でも食べましょう」そして京極は朱莉の返事も待たずにハンドルを握るとアクセルを踏んだ——「あの、京極さん」「はい。何ですか?」「空港で何かありましたか?」「何故そう思うのですか?」京極がたずねてきた。(まただ……京極さんはいつも質問しても、逆に質問で返してくる……)朱莉が黙ってしまったのを見て京極は謝った。「すみません。こういう話し方……僕の癖なんです。昔から僕の周囲は敵ばかりだったので、人をすぐに信用することが出来ず、こんな話し方ばかりするようになってしまいました。朱莉さんとは普通に会話がしたいと思っているのに。反省しています」「京極さん……」(周囲は敵ばかりだったなんて……今迄どういう生き方をして来た人なんだろう……)「朱莉さん。先程の話の続きですけど……。実は僕は今ある女性からストーカー行為を受けているんですよ」京極の突然の話に朱莉は驚いた。「え? ええ!? ストーカーですか!?」「そうなんです。それでほとぼりが冷めるまで東京から逃げて来たのに……」京極は溜息をついた。「ま……まさか京極さんがストーカー被害だなんて……驚きです」(ひょっとして……ストーカー女性って姫宮さん……?)思わず朱莉は一瞬翔の

  • 偽りの結婚生活~私と彼の6年間の軌跡 偽装結婚の男性は私の初恋の人でした   10-19 見送りのその後 1

    「安西君…行きましたね」航の背中が見えなくなると京極が朱莉に話しかけてきた。「そうですね。……京極さん。昨夜……航君と何を話したんですか?」「航君は朱莉さんに昨夜のことを話しましたか?」「いいえ」「それなら僕の口からもお話することが出来ません。今はまだ。でも……必ず、いつかお話します。それまで待っていて下さいね」「……」(また……いつもの京極さんの口癖…)「京極さんは何故空港に来たのですか?」朱莉は俯くと別の質問をした。「安西君を見送りに来た……と言ったら?」「!」驚いて京極を見上げると、そこには笑みを浮かべた京極の顔があった。「そんな驚いた顔をしないで下さい。ここへ来たのは朱莉さん、貴女がきっとここに来ると思ったからです」「え?」「僕は朱莉さんに会いたかったから、ここに来ました。すみません。こんな方法を取って……。こうでもしなければ会ってはくれないかと思ったので」京極は頭を下げてきた。「京極さん。航君が突然東京へ帰ることになったのは、京極さんが航君のお父さんに仕事を依頼したからですよね?」朱莉が尋ねると京極は怪訝そうな顔を浮かべる。「もしかして……安西君が言ったのですか?」朱莉が黙っていると京極は溜息をついた。「彼は仕事内容を朱莉さんに告げたんですね? 顧客の依頼を第三者に打ち明けてしまった……。安西君は調査員のプロだと思っていたのに……」そこで朱莉は、アッと思った。(そうだ……! 依頼主の話は絶対に関係無い相手には話してはいけないことだって以前から航君が言っていたのに……私はそれを忘れて、京極さんに話してしまうなんて……!)「お、お願いです! 京極さん。どうかこのことは絶対に航君や……航君のお父さんに言わないで下さい! お願いします! 普段の航君なら絶対に情報を誰かに漏らすなんてことはしない人です。ただ、今回は……」気が付くと、朱莉は目に涙を浮かべ、京極の腕を振るえながら掴んでいた。「前から言ってますよね? 僕は朱莉さんの言葉ならどんなことだって信じるって。例えそれが嘘だとしても信じます。だって貴女は私利私欲の為だけに誰かを利用したり、嘘をついたりするような人では無いから」「京極さん……」「確かに、僕は今回安西弘樹興信所に企業調査の依頼をしました。ですが、それは朱莉さんが考えているような理由じゃありません

  • 偽りの結婚生活~私と彼の6年間の軌跡 偽装結婚の男性は私の初恋の人でした   10-18 航との別れ 2

    11時半—— 朱莉と航は那覇空港へと戻って来ていた。朱莉は先ほどの『瀬長島ウミカジテラス』が余程気に入ったのか、航に感想を述べている。「本当にびっくりしちゃったよ。まさかあんな素敵なリゾート感たっぷりの場所があるなんて。まるで何処かの外国みたいに感じちゃった」「そうか、そんなに朱莉はあの場所が気に入ったのか。それならまた行ってみたらいいじゃないか」航の言葉で、途端に朱莉の顔が曇った。「うん……そうなんだけど……。でも、私1人では楽しくないよ。航君と一緒だったからあんなにも素敵な場所に見えたんだよ」「朱莉……」朱莉の言葉に、もう航は感情をこれ以上押さえておくことが出来なかった。(もう駄目だ……!)気付けば、航は朱莉の腕を掴み、自分の方へ引き寄せると強く朱莉を抱きしめていた。(朱莉……! 俺は……お前が好きだ……離れたくない!)航は朱莉の髪に自分の顔を埋め、より一層朱莉を強く抱きしめた。「わ、航君!?」位置方、驚いたのは朱莉の方だった。航に腕を掴まれたと思った途端、気付けば航に抱きしめられていたからだ。慌てて離れようとした瞬間、航の身体が震えていることに気が付いた。(航君……もしかして泣いてるの……?)——その時。「何をしているんですか?」背後で冷たい声が聞こえた。航は慌てて朱莉を引き剥がすと振り向いた。するとそこに立っていたのは——「京極……」京極は冷たい視線で航を見ている。「安西君。君は今朱莉さんに何をしていたんだい?」「……」(まさか……こいつが空港に来ていたなんて……!)航はぐっと拳を握った。その時、朱莉が声を上げた。「わ、別れを! 別れを……2人で惜しんでいたんです……。そうだよね、航君?」朱莉は航を振り返った。「あ、ああ……。そうだ」「別れ……? でも僕の目には航君が一方的に朱莉さんを抱きしめているようにも見えましたけど?」「そ、それは……」思わず言葉が詰まる航に朱莉が素早く反応する。「そんなことありません!」「朱莉……?」「朱莉さん……」朱莉の様子を2人の男が驚いた様に見た。丁度その時、航の乗る飛行機の搭乗案内のアナウンスが流れた。「あ……」航はそのアナウンスを聞いて、悲し気に言った。「朱莉。俺、もう行かないと……」「う、うん……」すると京極が笑みを浮かべる。「大丈夫ですよ、

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